研究レポートReport

第25回 内観力 『初めて知った、"力点の世界"』

二度目のワールドウイングで、充実したトレーニングを終えて仙台に戻った。

今回の指導を受けたことにより、各トレーニングが何のために行うトレーニングなのか理解することが出来た。
そして、今まで信じて行ってきたストレッチなどで柔軟性が高いと思っていたことが
実は、何の意味も持たないことを改めて痛感したのであった。

実動作における身体の動きに合った、筋肉や関節の柔軟性や可動域が向上しなければ
本来、シンプルに動いてくれるはずの身体が動いてくれなくなることも分かってきた。 


また、誰よりもパワーアップしてきたと思っていたが筋肉が多少付いた話であり
付けた筋肉を"筋出力"として使いこなせるレベルにはいなかったのである。

"ゼロ"からのスタートではなく、"マイナス100"くらいからの再スタートであった。


ワールドウイングで習ってきた事を仙台で早速行った。

まず、初動負荷マシーンがないために代わりのトレーニングを考えなければならなかった。
宮城野原陸上競技場の2階にある、トレーニングルームにある器具を上手く利用しながら
身体をほぐすことを重要視した。

昔のトレーニングの流れであれば、
ジョギング、体操、ストレッチ、流し、スパイク流し、スタートダッシュ、という流れであったが
今は、初度負荷トレーニング、ウォークラン、スタートダッシュの流れになった。

なぜ、ジョギングをしなくなったかといえば
ウォーミングアップで身体をほぐすために行っていたはずのジョギングが
実は、筋疲労を蓄積させ、身体の柔軟性が低下してしまうことが分かったからだ。
(この時点での、私の能力では正しいジョギングをする事が出来なかった。)

一連のほぐし動作を終えた後に、走る練習をするのだが
中々、上手く走ることが出来なかった。

理由は分かっているのだが走れない、、、、

長年、染み付いてしまった走りの"癖"が新しい走り方の動きと"ケンカ"するのである。

地面を一生懸命にキックしてきた走り方から、地面に足をそっと置くだけの走り方に変えたいのだが
頭では理解していても実際の動作では再現するのがとても難しいことであった。
また、私の場合は膝伸展で前方移動させようとするタイプの走り方だったのを
今度は、股関節伸展で前方移動させる走り方に変えなければならなかった。

すぐに出来ないことは分かっていたのだが
根っからのスプリンターの性格の私であった為に苛立ちを隠せなかった。


そして、三度目のワールドウイングに訪れる日が近づいた。

体重も元に戻り、教えて頂いたトレーニングメニューもこなした。
更なる高みを目指して取り組んでいく意気込みだけは衰えずにあった。

今回の訪問で、特に力を入れたかったことは
トレーナーのTさんの治療を受けて、各関節の柔軟性や可動域を向上させたかった。
かなりの苦痛は百も承知であったが、一日でも早く元のいい状態に戻したかったのである。


久しぶりに使う、初動負荷マシーンの効果と自分なりに行ってきたトレーニングの効果が出てきたのか
段々、筋肉や関節の柔軟性や可動域が向上してきたのであった。

トレーナーのTさんのところに行き治療をお願いした。

全身の筋肉をチェックした後にTさんから出た言葉が

"松村さん、以前に比べるとだいぶ柔らかくなりましたね! これなら、、、、、"

と、話終わると同時に、あの猛烈な痛みが背中を走りだした。
痛みをこらえながらも肩甲骨周りの筋肉がほぐれていくのがすごく分かった。
そして、左の肩甲骨周りをほぐして頂いたときにTさんから

"じゃ~ ちょっとやってみますか!"

と言われた矢先に私の左の肩甲骨周りにTさんの足先が侵入してきた。
かなりの痛みがあった後、不思議な感覚が身体の中を駆け巡っていた。

肩甲骨って、こんなにも動くものなのか?

Tさんに言われて、一度起きてから左腕を回してみたのだが
腕がないくらいに軽く回る、しかも大きく大きく回るのには驚いてしまった。

この時、生まれて初めて、肩関節に腕がぶら下がっている感覚を確認することが出来たのであった。

Tさんいわく、まず第一段階はクリアしたそうだ。
右側も同じくらいになれば、かなり動作が変化してくるらしい。


肩関節も股関節も両方固かった私であったが希望の兆しがみえてきた。


走る練習においては、また小山先生からいろんな事を教わった。

体幹部からの移動が中々スムーズに出来なかった私に課せられたトレーニング法が
両手で足首を掴みながら歩くトレーニングであった。

最初、平坦な場所で行ってみるのだが中々前に進んでくれない。

私の動作を見て、小山先生は、、、、

"今のタッ君の動作そのものを表現しているよね!"

まさに体幹部始動ではなく、末端部始動の動作であった。
それに付け加えて、体幹部の柔軟性や可動域がまだまだ出来ていないために
肩甲骨や骨盤を上手く動かして動作を作ることを邪魔していたのであった。

他の選手達が走る練習をしている横目で私はこの動作を何本も繰り返していた。

ようやく、小山先生から声がかかったので走る練習が出来ると思いきや
今度は、競技場の観客席(芝生)の坂の傾斜を利用して何本も行うようにと言われた。 


坂の傾斜を利用することで重心の移動が楽に出来るので
今まで行っていたスピードよりも速くできるようにする事とアドバイスを受けた。

何で俺ばかり、、、、
という気持ちはあったのだが初めてみると面白いくらいに前に進んでくれる。
しかも、昇りの坂道なのに加速するように昇れるから不思議であった。
本数をこなしていくうちに、身体の方も段々ほぐれてきたのか大きく動けれるようになってきた。

かなりスピードアップして動けるようになった私の姿を見て
小山先生から改めて声がかかった。

"じゃ~ タッ君 走ってみようか?"

やっと走れると思うと嬉しかった。
あまり、何も考えずに自然に走ってごらんと言われて走ったのだが
今までに経験したこともない走りに、走りながらビックリしてしまった。

こけそうなのにこけない走り。

体幹部が前に出て、脚が後から付いてくる走り方になっていた。

今までの走り方と比較するならば、明らかに脚が遅れて接地している感覚であった。


小山先生は、私の顔を見てニッコリと笑った。

"今の走り方を忘れないでね!"

しかし、再現性は、まだまだ低い私であった。


現在、私が指導をする時に一番重要視していることは『力点の位置』である。
まず、立っている姿勢を観ただけで、その人の重心の位置や力点のズレが分かる。
本人は、気付いていない場合が多いのだが肩関節や股関節の位置関係で力点の位置が変わってしまうのだ。
重心のラインが揃っていないだけで、実際の動作はかなりロスしてしまうことになる。 


私はよく、"10円玉〇個分後ろだよ!"と表現することがあるが
そのわずかな力点のズレがあるために、いい動作が出来なかったり、ケガの原因になる場合もあるのだ。
どんなスポーツにおいても、前後左右に動くときに、『力点の位置』が揃っていないといい動作が出来ない。
各力点を揃えていくために必要なことは、筋肉を固めるトレーニングをさけて、筋弾力性を高めることと
関節の可動範囲を広げていくトレーニングの構築が絶対に必要になってくる。

陸上選手の場合、スタートダッシュや走りにおいて注意して頂きたいことは、
必ず、膝位置よりも鳩尾の位置が前であれば、力点の関係で重心移動が出来て自然と前方移動できる。
もちろん、これらのことを可能にしていく為には背中の筋肉群の柔軟性が高いことが要求されてくる。
なぜならば、お辞儀をしたような姿勢でずっと走れる訳ではなく、直立の姿勢であっても楽に力点の位置が前でいられれば
中間疾走から後半の走りにおいても無駄のないいい走りが可能になってくる。

『力点の世界』が面白いのは、周りからみれば止まっている様にしか見えないポーズが 

実は、身体の内側では、いつでも100%の力を出せる状態になっていることである。 


このことは、各スポーツ選手の構えを観ただけで分かる。
野球選手の場合、ピッチャーであれば力点を揃えて、自分の身体の重さを活用でき、しかも地面反力を使える選手であれば
何球投げたとしても、球威の衰えは少ない上に、身体へのダメージも少なく済むのが特徴であるが
逆に、力点を揃えることなく、身体の体重を使わずに筋肉で行おうとした場合は、
いい球を投げ続けることが出来なくなるばかりか、身体へのダメージは目を塞ぎたくなるくらいに受けてしまう。
当然、ケガをしてしまうことに繋がってしまい、いい事など何もないのだ。

しかし、古武術の世界になると、この『力点の世界』を遥かに超えている。
とても、言葉では言い表せないスゴイ世界がここにはあるのだ。

上には、上があるというだけの話である。


次回の内観力は、『試行錯誤の連続の日々』です。8月20日の予定です。

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